NIKKEI Integrated Report Award 日経統合報告書アワード

企画・制作:日本経済新聞社 イベント・企画ユニット

2023年グランプリ企業対談

幸福度追求し未来を創る

フォト:北川 哲雄氏 髙橋 秀仁氏

東京応化工業 代表取締役 取締役社長 種市 順昭(写真右)
第3回 日経統合報告書アワード 監修・審査委員長/ 青山学院大学 名誉教授、東京都立大学 特任教授 北川 哲雄(写真左)

 

 第3回日経統合報告書アワードでグランプリを受賞した東京応化工業。企業価値向上に向けた独自のパーパス経営の説明には納得感があり、統合思考が見事に結実した報告書と高く評価された。審査委員長を務めた北川哲雄・青山学院大学名誉教授が同社を訪れ、作成時に留意したことや事業への思いなどを種市順昭社長に聞いた。

社会の期待に化学で応える

フォト:髙橋 秀仁氏

種市 順昭氏

北川貴社の統合報告書は毎年、非常に高いレベルをキープされており、今回は特に素晴らしいレポートだったと敬服しています。種市社長の思いが伝わるトップメッセージ、ガバナンス記載におけるインテグリティ重視、極めて論理的な戦略開示、つまりパトス、エートス、ロゴスの3つが高いレベルで備わっていました。これは東京応化工業という会社のカルチャーの結実だと思います。

種市ありがとうございます。当社が統合報告書を作成する主目的は、当社のことを正しく投資家に知ってもらうことにあります。当社の製品は、半導体製造に欠かせないフォトレジストを中心とした化学薬品です。目に見えない、実感が湧きにくい製品ですので、ビジネスモデルをきちんと投資家に伝える必要があります。また目的には、従業員にも当社が今どのように進化しようとしているのかを知ってもらうことも含まれています。

北川意表を突かれたというか、感動を覚えたのですが、トップメッセージでは従業員一人ひとりの幸福度の追求を起点にすると述べておられますね。

種市当社の進化の原動力は従業員であり、経営のゴールは従業員の幸福度向上にあります。経済的幸福度もあれば心理的幸福度もあり、何よりも従業員自身の自己実現が大事です。会社の成長と従業員の自己実現がリンクするような流れを作りたいと考えていますが、統合報告書を通じて、投資家だけでなく、従業員にも当社の目指す姿を伝えています。

北川「社会の期待に化学で応える」というパーパスも、幸福度と親和性があります。

種市社名にある「応化」は応用化学の略から出発していますが、間にレ点を入れれば「化学で応える」になります。そのことに気づいた時に、私は社長を引き受けることを決断し、パーパスを策定しました。同時に、創業者である向井繁正が提唱した「自由闊達」な社風のもと「技術のたゆまざる研鑽」にはげみ「製品の高度化」をひたすら追求し、すぐれた製品を供給することにより「社会への貢献」を果たすことを経営理念に掲げています。

2020年に発表した長期ビジョンでは、SDGsへの貢献、顧客目線重視、化学技術を極める、グローバルでの成長、電子材料の分野で世界から認められる会社を目指すという5つの思いを込めました。そうした思いの行き着くところは人類全体の幸福度向上であり、安全で安心で便利で快適な社会の実現に貢献することを、長期ビジョンに据えています。

稼ぐ力のバリューチェーン

北川審査の過程では、レポートの中に図解がたくさんあり、理解に役立っていると高評価でした。特に財務と非財務の連動性を表す「技術、人財、人脈、財務」という4つの資本をバリューチェーンとして捉え、これを回していくという図は斬新でした(図参照)。

図Z資本間の相互作用を拡大し、より大きな経済的価値と社会的価値を創出

種市一般的に稼ぐ力というと、営業利益率やROE(自己資本利益率)、ROIC(投下資本利益率)などが指標になりますが、これらは損益計算書上で売上高から減価償却費や人件費、その他の経費などを差し引いた数字に基づいています。稼ぐ力の源泉ではなく、結果を示したものに過ぎません。大事なのはそこで経費として差し引かれる部分で、これを投資として当社のビジネスモデルに当てはめたらどうだろうかと考えました。つまり、当社にとっての価値創造とは何か、未来をどう創るのかという問いへの答えです。

当社製品は顧客ニーズとの、また技術同士でのすり合わせの結晶であり、そこには顧客、サプライヤー、学術機関やビジネストレンドなどの情報、つまり人脈(社会・関係資本)が重要な役割を果たしています。そしてバリューを生むのは人財(人的資本)です。技術(製造資本、知的資本)だけでなく対面で顧客の信頼を勝ち取るのも人財です。また、新技術を確立してもそれが実用化されるかはニーズに左右されますが、チャレンジを支えるのは強靭な財務(キャッシュ創出力)です。人脈と技術を人財と財務が支え、その資本間のバリューチェーンの相互作用の拡大が当社の稼ぐ力の源泉となり、イノベーションや社会貢献、価値創造につながっていきます。

北川以前も、言葉では説明されていましたが、今回図で表現したのはなぜですか。

種市新入社員研修で4つの稼ぐ力を説明し、どう考えるかを聞いても、出てくる答えが配属部署、つまり営業なら営業という個別資本の回答が多く、相互作用が見えていないという課題がありました。教育プログラムの悩みを解決する過程で図解にしたところ理解が進んだこともあり、統合報告書でも採用しました。

北川技術のすり合わせだけでなく、資本間のすり合わせも全社的に行っているのですね。

半導体は「産業の水」

フォト:北川 哲雄氏

北川 哲雄氏

北川20年に策定された長期ビジョン「TOK Vision 2030」について、24年2月に改訂版を発表されました。見直し前に比べ、30年度の連結売上高を2000億円から3500億円に上方修正しており、注目されました。

種市コロナ禍を経て、半導体産業を取り巻く環境は大きく変わりました。テレワークをはじめ、働き方をデジタルが支える時代になり、半導体産業へのニーズが急速に高まっています。また、地球温暖化への対策として、再生可能エネルギーや自動車の電動化を支えるのも半導体です。さらに昨年から動き出した生成AI(人工知能)の需要増に加え、経済安全保障の要として半導体産業が注目され、新たな半導体工場の建設計画が世界各地で動き始めています。

半導体ウエハーの消費量は30年には22年の2倍になるとの予測もあります。当社の場合、半導体の進化を支える新製品の提供を通じて成長してきましたが、再エネや車の電動化では古いレガシー製品の需要も伸びています。定量面での拡大に合わせて、当社はどう変わるべきか、それを考えるための社内向けメッセージも含めて長期ビジョンを更新しました。

北川医薬品開発においてもそうですが、昔は夢物語と思われていたものがすさまじい勢いで実証されてきています。半導体は今や産業全体を支える存在になっていますね。

種市産業の中核的製品をよく「米」に例えますが、半導体は「産業の水」だと私は思っています。水は人類に不可欠なものです。半導体の進化は現在、微細化と3次元化の2軸で進化していますが、進化することで計算スピード向上、省エネ、低コスト、コンパクト化などを実現し、豊かな未来に貢献できると考えています。

北川投資家との対話と社内の意識改革のほかにも、統合報告書の使い方はありますか。

種市統合報告書の制作過程において、私を含む役員が目を通すことで、経営の進化や報告書の改善点などを議論するきっかけにしています。また、電子版も公開していますので、就活生にも読んでいただいています。ただ、理系の学生の応募はたくさんあるのですが、文系の学生からの反応が少ないというのが悩ましいところです。

北川文系の学生は社会に出てから初めて、メーカーの素晴らしさに気づく人が多い。貴社の統合報告書は、その意味では理系だけでなく文系の学生にもアピール度の高い一冊だと思います。本日はありがとうございました。

フォト:東京応化工業 統合報告書表紙

表紙に記載した「0.000000001mから、技術は深化する。」という文言は、10億分の1=1ナノメートルの領域で事業活動を行っている東京応化工業の姿を象徴している。

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