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2017年6月の『視野を広げる必読書

『文系が20年後も生き残るためにいますべきこと』

AIに職を奪われるかもしれない文系出身者が身につけるべき思考法と心構えとは?

『文系が20年後も生き残るためにいますべきこと』
岩崎 日出俊 著
イースト・プレス
2017/03 238p 1,500円(税別)

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文系理系の区別が「学ぶ意欲」を失わせる?

 10年ほど前に、国内の社会人大学院に通っていたことがある。ITを使ったサービス・デザインの方法論など、当時私が携わっていた仕事に直接役立つコースが開講されていたからだ。

 入学しようと思い、出願すると書類に文系・理系の選択欄がある。情報科学を深く学びたいと思っていたので、迷わず理系コースを選択した。私は文系学部を卒業したのだが、ITエンジニアの職業経験があった。それがあれば、十分ついていけると考えたのだ。

 ところが入学試験の口頭試問では「文系出身者がなぜ理系コースに出願を?」という点に質問が集中した。合格し、晴れて“理系の大学院生”になれたのだが、今度は文系向けの内容の講義に履修登録しようとしたところ、逆に「理系の学生ではついていけない」との理由で断られるという経験をした。

 もちろん文系理系にかかわらず、基礎知識が十分でなければ講義についていけないのは確かだろう。ただ、紋切り型に文系理系の区別で障壁を作りすぎると、成長のために新しい知識や考え方を吸収したいといった学習意欲を失わせてしまうのではないか、と疑問に思った。

 本書『文系が20年後も生き残るためにいますべきこと』では、私が経験したような文系理系の壁など日本の教育が抱える課題や、日本型の雇用システムがもたらす問題が取り上げられている。さらに、AI(人工知能)の進化などに伴い、現状のままでは、文系出身者をはじめとする日本人ビジネスパーソンが社会で活躍するのは困難になると、警鐘を鳴らしている。

 著者の岩崎日出俊氏は、日本興業銀行や複数の外資系投資銀行を経て、現在はコンサルティング会社を経営。自らは文系学部の出身だが、日本興業銀行在籍時にスタンフォード大学にMBA留学し、文系理系の区別にとらわれない欧米の高等教育を経験している。そんな岩崎氏が示すこれからの社会で有効な「生き残りのための戦略」は、文系出身者だけでなく、子どもの教育方針に悩む子育て世代を含むビジネスパーソン全般に行動のヒントを与えてくれるはずだ。

新卒一括採用が文系の就職を守ってきた

 岩崎氏は、産業構造や雇用など社会の著しい変化に文系出身者がついていけなくなるのを危惧し、それを「文系リスク」と呼んでいる。そして、主なものとして以下の三点を指摘する。

 筆頭に挙げられるのが、AIに文系の仕事を奪われるリスクだ。
 2015年に野村総合研究所は、オックスフォード大学マイケル・A・オズボーン准教授らと共同研究を行い、日本に存在する601の職業が人工知能に代替される可能性を試算している。それによると、とくにそのうちの100職種が代替可能性が高い。岩崎氏は、その100職種の中で「事務員」とつく職業が15種類もあることを指摘。また、販売や接客に関する職種も目立つとしている。この事務や販売・接客といった職業には、文系学部出身者が多く従事している。岩崎氏は文部科学省「学校基本調査」のデータなどにも当たった上で、理系よりも文系出身者の方がAIの進化により職を失うリスクが高いと推定する。

 二点目は雇用制度に関するものだ。日本では当たり前のように行われてきた新卒一括採用を行う企業が今後少なくなるかもしれない。
 新卒一括採用については、2016年にヤフージャパンが撤廃して話題となった。また同年、経済産業大臣が「新卒一括採用は企業側、学生側双方にとって負担が高い」という見解を示している。

 このように雇用慣行が変わることで、とりわけ文系出身者に大きな影響が出ると岩崎氏は予想している。文系の大学卒業者は理系に比べて専攻した学問内容が就職後の職務に直結しないことが多い。法曹や会計士、教員などの例外はあるものの、文系出身者は新卒時に一括採用されてから配属先が決まり、仕事をしながら必要な知識や技術を身につけていくケースが多い。入社してすぐ研究職やエンジニアとして活躍することも少なくない理系出身者とは異なる。

 三点目も日本独特の慣行だが、文系理系の選択を多くの場合、高校1年生の時点でしなければならないことだ。文系を選ぶ生徒のほとんどは、そんな早い時点で将来の職業を思い描いてはいない。弁護士やジャーナリスト志望などを除けば「数学が苦手だから」といった消極的理由で文系を選択するケースが目立つのだ。

近距離ゴール設定型思考から脱するのが「いますべきこと」

 いくら文系リスクがあったとしても、就職してから理系の学問を身につければいいと思うかもしれない。しかし、私が経験したように、入り口で文系理系の壁が立ちはだかる可能性も高い。

 それ以上に岩崎氏が問題視するのが、日本人のマジョリティーに染み込んでいると思われる「近距離ゴール設定型思考」だ。この思考パターンにはまっていると、新しいことを学ぼうとする意欲が著しく阻害される。

 最近では少しずつ変わってきているのかもしれないが、日本では幼い頃から「いい学校」「いい会社」に入ることを目標に勉強するよう仕向けられることが多い。とにかく中学受験、高校受験、大学受験、そして就職といった目の前のハードル(近距離ゴール)を一つ一つ越えるべく努力すれば万事うまくいく、という青写真が子どもたちに刷り込まれる。

 近距離ゴールだけを設定すると、勉強はあくまでそこに到達するための道具にすぎなくなる。就職という最後の大きな目標が達成されると、それ以上学ぶ意欲をなくすケースが珍しくない。

 近距離ゴール設定型思考をしてきた大学生は、就職ではなく「就社」をしがちなことを岩崎氏は指摘する。「〇〇社に入りさえすればそれでいい」と考えて入社し、その会社以外では通用しない人材になってしまう。

 たとえば理系のエンジニアであれば、特定の会社以外でも通用する汎用のスキルを持っていることが多い。買収に伴いリストラされたシャープのエンジニアには、日本電産など多数の会社から声がかかったという。だが、文系出身者はそうもいかない。

 つまり、文系の方が近距離ゴール設定型思考のわなにはまりやすいのだ。まず近距離ゴール設定型思考から脱することこそが、文系が「いますべきこと」といえるだろう。

 グーグル共同創業者のラリー・ペイジ氏は、「世界を変えること」を目標にしているのだという。そのような大きな目標を設定し、それを達成するためには何が必要で、どのように行動すべきかを考える。そうすれば「いま必要なこと」を学び続けることができる。そういった学習姿勢が身につけば、もはや文系理系関係なく、激変する環境をサバイブできるのではないだろうか。(担当:情報工場 足達健)

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2017年6月のブックレビュー

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