2017年1月の『押さえておきたい良書』
会社を起こし、事業をスタートさせるには、資金や人脈のほか、ビジョンやノウハウが必要だ。そのビジョンを考え、ノウハウを学ぶ中で「事業の終わり」を念頭におく起業家は、ほとんどいないのではないだろうか。起業に成功した後も、収益を上げ、業界の中の生き残りに必死で、「いかに終わらせるか」に気が配られることは少ない。
しかし、人の一生において「いかに死ぬか」を考えることが「いかに生きるか」につながる。登山も「無事下山すること」がゴールになる。ビジネスも同様、終わり方を考慮に入れることが経営のあり方を左右するのではないか。
本書『FINISH BIG』は、M&Aによる売却などによって事業を終わらせる「エグジット」に成功し「大いなるゴールを迎える(Finish Big)」ための方法や心構えについて、失敗例も含む豊富な事例をもとにアドバイスしている。売却にまつわる交渉や財務処理などの実務だけでなく、企業文化や残される従業員の心理、そして起業家自身のその後の人生などについて多角的に論じられる。
著者のボー・バーリンガム氏は、ビジネス誌「インク」の総合監修を務める編集者で、『Small Giants 事業拡大以上の価値を見出した14の企業』(アメリカン・ブック&シネマ)などの著書がある。
起業家自身のWHO、WHAT、WHYを考える
事業の終わり方でもっともポピュラーといえる「事業売却」においては、買い手に自社の価値を高く評価してもらうことがポイントになる。そのため、できるだけ早いうちから売却によるエグジットを意識し、それをゴールに企業価値を高めたり、企業文化を構築するのがよい。
ゴールであるエグジットまで、そしてその後の人生の計画を立てるにあたって著者が重要視するのがWHO、WHAT、WHYという三つの哲学的な問いだ。これらはそれぞれ「自分はどんな人間なのか」「ビジネスに何を望むのか」「自分を動かしている『根拠、理由』は何なのか」を意味する。これらをしっかりと軸に持っていれば、自分の望む終わり方の実現に向けて努力していくことができる。
買い手が何を求めているかを売り手が把握すべき
著者は、事業売却の局面で、売り手が、自分だけでなく、買い手のWHO、WHAT、WHYを把握することも重要だと説く。例として挙げているのが、オーガニック酪農でヨーグルトを製造・販売するストウニーフィールド・ファームの、乳製品大手のダノンによるM&Aだ。
両社のビジネスモデルは根本的に異なっており、それだけを考えれば、ストウニーフィールド側はM&Aにちゅうちょしたかもしれない。だが、ダノンはストウニーフィールドのブランド価値を高く評価しており、そのビジネスモデルから多くを学び取りたいと考えていたという。ストウニーフィールド共同創業者のゲイリー・ハーシュバーグ氏は、それを把握したことで、両社Win-Winとなる交渉を進めることができたのだ。(担当:情報工場 吉川清史)