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2017年2月の『視野を広げる必読書

超予測力

粘り強い意志の力で正確に未来を読む「超予測者」とは何者か?

『超予測力』
フィリップ・E・テトロック/ダン・ガードナー 著
土方 奈美 訳
早川書房
2016/10 405p 2,200円(税別)

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高度な予測能力を見出す「未来予測トーナメント」

 私たちは、将来何が起きるかを予測しながら意思決定を行うことが多い。たとえば転職先の候補企業の将来性や、マイホーム購入にあたってのローン金利などが予測の対象になるだろう。

 私が以前勤めていたIT企業では、技術トレンドの変化がビジネスにどのように影響するかを社内で予測し合い、議論したものだ。2008年頃には、クラウド・コンピューティングの影響について、上位のマネジャーと話したことがある。彼は、「新しいビジネスモデルだが、技術的な新味はない。自社のビジネスへの影響は小さいだろう」と予測していた。それから5年ほどして、会社は業績不振に陥った。クラウド・コンピューティングへの乗り遅れが一因だったのは明らかだった。

 精緻なデータを集め、高度な統計手法を駆使する専門家にとっても、正確な将来予測を行うのは容易ではない。最近の例で言えば、英国のEU離脱を問う国民投票や米国大統領選挙の結果は、予測を外した専門家が多かったようだ。とくに後者におけるトランプ氏の勝利は、有力メディアを含む選挙予測サイトの大半が予測できなかった。

 こうした事象に鑑みるに、正確な予測など、そもそも不可能なのではないか、という疑念も湧いてくる。しかし、本書『超予測力』によれば、異様なまでの予測的中率を誇る「超予測者」が現実に存在するのだという。それはどんな人物で、いかなる方法を使っているのだろうか。本書はその答えを示してくれる。

 著者のフィリップ・E・テトロック氏は、社会・文化心理および意思決定過程を専門とするペンシルベニア大学経営学・心理学教授、ダン・ガードナー氏はカナダ在住のジャーナリストだ。テトロック氏はかつて、独自の調査結果から「平均的な専門家の予測の的中率は、チンパンジーが投げるダーツとだいたい同じくらい」とのジョークまじりの指摘をしたことで知られる。しかし同氏は一貫して、一定の条件下であれば、ある程度正確な予測は可能であり、そのために必要な能力は誰にでも伸ばせるという立場をとっている。

 本書は、そんなテトロック氏の立場をより明確にするのに貢献した、ある研究とその成果を軸に書かれている。その研究とは、予測能力の高い人材を探すこと。予測能力を高める訓練方法を検証することを目的に2010年から4年間にわたり米国の政府機関IARPA(情報先端研究計画局)が実施した、未来予測トーナメントを題材にしたものだ。このトーナメントは、優れた研究者をリーダーとする五つのチームで競われた。テトロック氏は、そのうちの一つのチームのリーダーとして参加。自らのチームと研究プログラムを「優れた判断力プロジェクト(GJP)」と名づけた。

超予測者は相対的視点をもち、何度も更新を繰り返す

 GJPでは、専門家ではない一般ボランティアを募集し、数千人が参加した。トーナメントでは参加者各自が「金相場は暴落するか」「朝鮮半島で戦争が勃発するか」といった複雑な事象が、その時から1カ月以上1年未満の間に発生する確率を予測する。そしてブライアー・スコアと呼ばれる手法で予測と現実の乖離(かいり)を測り、スコアを算出。この手法では、ある事象が100%発生すると予測して実際に発生した場合スコアは0となり、スコアが0に近いほど好成績となる。

 毎年被験者のすべての予測を合算し、最終的なスコアを算出する。GJPに1年目に参加した2,800人の中には、抜群の成績を収めた58人の被験者がおり、テトロック氏らは彼らを超予測者と呼ぶことにした。彼らの集団としてのスコアは0.25であり、彼らを除くボランティア全体のスコアは0.37だった。しかも彼らの70%は2年目にも超予測者の集団にとどまり、1年目の成績は運によるものではないことを証明してみせた。

 本書では、超予測者たちを観察、分析した結果、次のような典型的な超予測者像を明らかにしている。ものの考え方は慎重で謙虚。知的好奇心が旺盛でパズルや知的刺激を好み、自己を批判的に見る思考スタイルをとる。予測にあたっては一つの視点からのみ問題を捉えるのではなく、異なる視点から必ず検討する。一つの予測に固執せず、新たな事実がわかれば予測を慎重に更新する。そして、強い意志力を発揮し、どれだけ時間がかかろうと粘り強く努力し続ける。

 超予測者が実際にどのように予測を行うかを見てみよう。2015年1月に風刺週刊誌を発行するフランス・パリのシャルリー・エブド社へのテロ事件が発生した直後、「3月末までの間に、フランス、イギリスなど8カ国でイスラム系組織によるテロは起きるか」という問題が出された。予測のためにデータを集める際、出題された当時は「イスラム国」(IS)の動きが活発になっていたため、ISの情報ばかりに目が向きがちだ。

 だが、超予測者の一人、デビッド・ログ氏のアプローチは違っていた。ISの台頭“前”も含む過去5年間の対象国でのイスラム系組織によるテロ件数を調べることから始め、「年1.2回」という数字を得た。まずはISの台頭に関わらず、平均的に発生しうる確率を求めたのだ。その上で、近年のISの活動や、それに対応した各国のセキュリティー対策といった要素を加え、「年1.8回」に調整した。これを問題の設定期間(69日)で案分し、34%という確率を得た(ちなみに答えはイエスだったため、この問題の彼のスコアは低かった)。超予測者は、目先のことだけを絶対視することなく、類似の事象にも目を配りながら相対的に物事を見る習慣が身についているのだ。

 2014年1月に出題された「2014年4月1日時点で国連難民高等弁務官事務所が報告するシリア難民の数は260万人より少ないか」という問題では、刻々と変わるシリア情勢を考慮する必要があった。こうしたケースでは、状況の変化をまったく、あるいはわずかにしか反映しない「過少反応」と、過敏になり予測を大幅に修正してしまう「過剰反応」のいずれも避けなければならない。

 この問題の正解はイエスだったが、超予測者のティム・ミント氏は0.07というきわめて高いスコアをたたき出した。その秘訣は予測の更新の頻度にあった。ミント氏は出題後の最初の予測に時間をかけず、とりあえずの確率を出す。しかしその翌日には、その予測の見直しをするのだ。そこから、最初の判断と矛盾するエビデンスがないか毎日のようにチェックし、小幅な見直しをしていく。ここでは、あくまで小幅な更新にとどめるのがポイントだ。この設問では3カ月の間に平均すると3.5%程度の見直しを34回も行った。

 ここで「直前まで見直しするのであれば正確なのは当然であり、超予測とは言えないのではないか」と思うかもしれない。だが、ミント氏に限らず、超予測者は「最初の予測」の正確さも、一般の予測者をはるかに上回っているのだ。それで満足せずに、粘り強く更新を繰り返す意志の力が、彼らの予測力に磨きをかけている。また、時間がたつにつれて過少反応や過剰反応を誘うような情報も増えてくるため、かえって正確な予測が難しくなるケースもある。それでも超予測者は更新のたびにスコアを向上させているのだ。

 ログ氏もミント氏も、とりたてて高度で難解な統計手法を駆使しているわけではない。ただ、両者とも強い知的好奇心をもって予測に挑み、粘り強く検証を繰り返している。著者らは、超予測者のこのような特徴から、知的で思慮深い人であれば誰でも超予測者の方法を身につけて伸ばせるとしている。本書の巻末には、そのためのヒントが「超予測者をめざすための10の心得」にまとめられている。

専門家も一般の予測者も、謙虚に失敗から学ぶ姿勢が大事

 2016年11月の米国大統領選挙の後、トランプ氏勝利を見抜けなかった専門家の中には、自らの予測を謙虚に振り返る人もいた。日経電子版にコラムをもつ経済評論家の豊島逸夫氏もその一人である。豊島氏は、米国大統領選挙前に、選挙直後の為替予想を行っていた。そして、選挙が終わった後に、「自分はこんな予想をしていて外した」として、その予想をツイッターで公開。自らを含む、トランプ氏の勝利もその後の円安も予測できなかった専門家はプロとして反省すべきと訴えたのだった。

 本書に登場する超予測者たちも、豊島氏と同じような謙虚さをもっているようだ。超予測者といえども、時には大きく予測を外すこともある。しかし、その失敗を学習の機会ととらえる。彼らは共通して、予測への挑戦→失敗→分析→修正→再挑戦という学習のサイクルを回している。その結果が高い予測スコアにつながっているのだ。社会全体にこのサイクルを実践する風潮が広がることで、専門家も一般の人々も、より良い意思決定につながる精度の高い予測ができるようになるのではないだろうか。(担当:情報工場 足達健)

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2017年2月のブックレビュー

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