原油などの国際商品は世界経済を映す鏡です。中でも、非鉄金属の銅は景気の変化を診断する「ドクター・カッパー」という異名を持ちます。その国際相場が夏前から急回復し、指標になるロンドン金属取引所(LME)の3カ月先物は9月に1トン6800ドル台と2年3カ月ぶりの高値を記録しました。新型コロナウイルスの感染拡大が直撃した4~6月期を底に世界経済が持ち直しているのは確かです。それでも危機前の水準を超えるほど良くなったのでしょうか。
多分野に使われる「ベースメタル」
ベースメタルという言葉を聞いたことはあるでしょうか。生産量が多く、製造業に欠かせない金属を指します。鉄もベースメタルですが、商品(コモディティー)市場では銅などの非鉄金属類を意味します。ベースメタルの対極にあるのがレアメタル(希少金属)。生産量や埋蔵量が極めて少ない、産出できる地域も限定されるものが多く含まれます。レアメタルには高性能磁石に使うレアアース(希土類)やコバルト、貴金属のプラチナなどがあります。
非鉄金属価格の国際指標になるのはLMEの相場です。LMEでは銅のほか、アルミ、ニッケル、鉛、亜鉛、スズといったベースメタルが取引され、その3カ月先物の価格が市場関係者の指標になっています。シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)グループなど世界の主要デリバティブ取引所が10月物、12月物という限月取引を導入しているのに対し、1877年に設立されたLMEは日々、「3カ月先の受け渡し」を条件に取引する伝統的な手法を続けています。
非鉄金属の中でも銅は電線などの電力インフラ、エアコンをはじめとする家電製品、自動車までさまざまな分野で使われます。これが「ドクター・カッパー」と言われる根拠です。2003年以前は安値が1トン1500ドル前後、高騰しても3500ドル程度のレンジを景気変動に合わせて上下していました。ところが中国経済の急成長とともに相場は大幅に水準を切り上げ、LMEの3カ月先物は11年2月に1万190ドルの史上最高値を記録しました。
08年のリーマン・ショック時に一時3000ドル台を割り込んだ銅相場がV字回復したのは、中国政府が4兆元規模の景気対策を打ち出し、銅需要が再び力強く拡大したからです。米国に次ぐ第2位の規模まで経済が成長した中国は、世界で年2300万トンほどある銅の世界需要でも5割を占めるようになりました。世界経済の鏡とはいえ、銅相場が映す半分は中国経済ということになります。
銅相場は2年ぶり高値に
新型コロナの感染拡大も当初は中国武漢市が舞台となり、銅相場は3月19日に4371ドルの安値をつけました。ところが、中国当局は感染が終息したと判断して武漢市の封鎖(ロックダウン)措置を4月8日に解除。欧米が感染拡大に苦しむ中で中国の製造業は稼働を再開し始めたのです。3月の安値に比べた銅相場の上昇率は5割を超えました。
南米産地の不安
銅の世界需要の半分は中国が占めます。その中国経済が回復してきたことに銅相場は反応したのです。それでも、2年ぶりの高値まで押し上げるにはさらなる要因が働いているはずです。それは南米を中心にした銅鉱山にありました。チリなどの銅鉱山は新型コロナの影響で減産を強いられているのです。資源大手によれば、鉱山労働者もソーシャル・ディスタンスを求められるようになり、現場で働ける人数がコロナ危機に前に減ったことが原因だといいます。
最大需要国である中国が相場回復をけん引し、そこに南米の供給不安が重なる構図は鉄鋼原料の鉄鉱石も同じです。鉄鉱石の国際スポット(当用買い)価格は120ドルを超え、銅の回復ペースも上回る6年半ぶりの高値をつけています。世界鉄鋼協会の統計によれば、中国の鉄鋼生産は粗鋼ベースで6月、7月と年換算で11億トンの勢いで推移しています。これは10億トン弱だった昨年を大きく上回るペースです。それだけ中国政府がインフラ投資や自動車などを通じた景気刺激策を打ち出し、それが鉄鋼生産を押し上げている様子が見えます。
世界需要は拡大
ドクター・カッパーは中国経済が世界に先行して回復している現状と、南米産地の供給不安も診て総合判断したというのが真相のようです。